東京地方裁判所 平成8年(ワ)6395号 判決 1999年3月16日
東京都大田区東糀谷六丁目二番一一号
原告
株式会社テクノプラス
右代表者代表取締役
山田信二
右訴訟代理人弁護士
松田政行
早稲田祐美子
齋藤浩貴
谷田哲哉
東京都世田谷区野毛二丁目八番一号
被告
小嶋久司
右訴訟代理人弁護士
馬場恒雄
田中史郎
主文
一 被告は、原告に対し、別紙一「商標権目録」(一)ないし(四)記載の各商標権の移転登録手続をせよ。
二 被告は、原告に対し、金七一〇六万〇〇九九円及び内金六九八五万七一五一円に対する平成八年五月一〇日から、内金一二〇万二九四八円に対する同九年一一月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 主文第一項ないし第三項同旨
二 仮執行の宣言
第二 事案の概要
本件は、原告会社が被告に対し、次のとおり主張して左記1ないし3の各請求をしている事案である。
1 別紙一「商標権目録」(一)ないし(四)記載の各商標権(以下、これらを「本件商標権」と総称し、各登録商標を「本件商標」と総称する。)は、被告を商標権者として商標登録されているが、被告が設立中の会社の発起人として原告会社のために商標登録出願したものであるなどと主張して、原告会社に対する移転登録手続請求(この請求を、以下「商標権移転登録請求」という。)
2 別紙二「仮払金一覧表」記載の各金員は、被告が、原告会社の代表取締役在任中に、私的な遊興、飲食等の費用として、原告会社に仮払金として支出させ又は立替払をさせたものであると主張して、右金員に係る未精算金五五二万一〇五六円及びこれに対する民法所定の遅延損害金の支払請求(この請求を、以下「仮払金返還請求」という。)
3 別紙三「約束手形一覧表」記載の各約束手形(以下「本件手形」と総称する。)は、原告会社が振り出して、その支払をしたものであるが、その手形金のうち右一覧表の「200Tの支払金額」欄記載の金員(以下「本件開発費」という。)は、原告会社と被告の間の「SIM-200開発に関わる覚書き」(以下「本件覚書」という。)に基づいて、被告が負担すべきものであると主張して、その合計額六五五三万九〇四三円及びこれに対する民法所定の遅延損害金の支払請求(この請求を、以下「手形金請求」という。)
一 争いのない事実
1(一) 原告会社は、昭和五〇年九月八日に設立された株式会社であり、精密なプラスチック製品を製造するための超高速射出成型機及び精密金型の製造販売等を業としている。
(二) 被告は、原告会社が設立された際の発起人であり、原告会社の設立とともにその代表取締役となったが、平成七年一一月二七日に代表取締役を辞任した。
2(一) 本件商標権は、別紙一「商標権目録」(一)ないし(四)記載のとおり、いずれも被告により商標登録出願され、昭和五三年八月二五日又は同年一〇月三一日に被告を商標権者として登録され、同六三年一二月二一日に存続期間更新の登録、がされた。
(二) 右(一)記載の登録に係る費用は、いずれも原告会社がその全額を負担した。
(三) 本件登録商標は、原告会社が設立されて以来、原告会社の商品に使用されている。
3 被告は、原告会社の代表取締役在任中、原告会社から仮払金とし受領した金員につきその精算をしなかったことがあり、原告会社の会計処理上、仮払金として未精算のまま残っているものがある。
4(一) 被告が原告会社の代表取締役であった当時、原告会社は、超高速射出成型機としては大型の型締力二〇〇トンの製品(以下「SIM-200」という。)の開発をしており、被告は技術者としてその作業を主導していた。被告が代表取締役を辞任するに当たり、原告会社と被告は、それ以降は被告が新たに設立する会社がSIM-200の開発及び製造をすることを合意し、平成七年一一月二九日付けで、本件覚書を締結した。また、製造途中のSIM-200の試作機七台が、原告会社から被告に引き渡された。
(二) 本件手形は原告会社が振り出したものであり、その手形金額のうち本件開発費(合計六五五三万九〇四三円)は、SIM-200の開発費の支払に充てられた。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
1 原告会社の被告に対する本件商標権の移転登録請求権の有無
(一) 原告会社の主張
(1) 本件商標権が被告名義で登録されたのは、出願当時、原告会社が設立手続中の権利能力なき社団であったため、原告会社の名義では出願できなかったからであり、被告は、設立中の会社の発起人として、本件商標権の出願手続をしたにすぎない。
原告会社は、設立当時から現在に至るまで、本件商標を原告会社固有の商標として原告会社の商品に付している。他方、被告は、本件商標を自己の商品に付したことはなく、むしろ、原告会社の代表取締役として、本件商標を原告会社の商品に付していた。
(2) 発起人が設立中の会社のためにした開業準備行為の効果は、会社が法人格を取得すると同時に当然に会社に帰属するから、本件商標権の本来の権利帰属者は、被告ではなく、原告会社である。右のとおり、このことは、原告会社と被告の間で明示的に合意され、又は被告が黙示的に承諾していたところでもある。
(3) また、被告は、発起人固有の義務として、又は委任に関する民法六四六条二項の類推適用ないし準用により、本件商標権の移転登録義務を負担している。
(4) よって、原告会社は被告に対し、本件商標権につき、原告に対する移転登録手続を求める。
(二) 被告の主張
本件商標権の出願は、原告会社の開業準備行為としてしたものではなく、被告が独自に考案し、被告固有の商標権として登録出願を行ったものである。このことは、本件商標権と同じころに被告が出願した特許権についてこれが被告に帰属することを原告会社が争っていないこと、原告会社はこれまで被告に対し本件商標権の移転を求めていなかったことからも、明らかである。本件商標権は、実質的にも被告に帰属するものであり、原告会社が本件商標を使用していたのは、原告会社が被告の個人会社的なものであったことから、被告が原告会社に対し無償でその使用を許諾していたからにすぎない。また、原告会社がこれを無償で使用し続けていたことからすれば、原告会社がその登録費用を負担するのは当然のことであり、費用負担を理由に原告会社の主張が正当化されることはない。
2 原告会社の被告に対する仮払金返還請求権の有無
(一) 原告会社の主張
(1) 被告は、原告会社の代表取締役在任中、次のアないしエ記載のとおり、被告の私的な遊興、飲食等の費用を、原告会社に仮払金として支出させ又は立替払をさせた。なお、原告会社は、立替金についても仮払金として会計上の処理をしていた。
ア 被告は、原告会社の経理担当者を通じて、私的な遊興、飲食等の費用を仮払金名目で支出させたり、仮払金として受領した金員について実際に原告会社の業務のために使用したことを示す領収書等を添付して残金を精算することを怠たり続けた。右のようにして蓄積された仮払金は、別紙二「仮払金一覧表」の番号11ないし16、17のうち四月二六日及び同月二九日分、18、28、29、37、45ないし70、74、75、77ないし79、81ないし111、117、128ないし130記載のとおりであり、その合計額は、五五一万六八五〇円である。
イ 被告は、原告会社名義のクレジットカードを、被告が個人として支出すべき私的な飲食やゴルフ代金等の支払のために、右一覧表の番号17のうち四月五日及び同月一二日分、19ないし27、30ないし36、38ないし44記載のとおり使用し、その合計額九八万四三三九円を原告会社に弁済させた。
ウ 被告は、右一覧表の番号112ないし116、118記載のとおり、飲食店で料金後払(つけ)によって私的な飲食を行い、飲食店から原告会社に対して請求書を送付させた。そのため、原告会社は、右合計額一四二万二八一四円を被告に代わって飲食店に支払った。
エ 原告会社は、被告が大門建設株式会社から賃借して居住していたマンションにつき、右一覧表の番号1ないし3記載のとおり、平成三年七月ないし九月分の賃料及び更新料として、同年八月三〇日までに合計九一万八五三〇円を被告に代わって大門建設に支払った。また、原告会社と被告は、同年九月一日以降に弁済期が到来する賃料に関し、原告会社が賃借人となってこれを大門建設に支払うこと、原告会社は右マンションを社宅として被告に使用させること、被告は原告会社に対しその使用料として月額八万二六七〇円を支払うことを合意した。ところが、原告会社は大門建設に対して賃料を支払ったのに、被告は、被告が負担すべき右一覧表の番号4ないし10記載の合計五七万八六九〇円の金員を原告会社に支払わなかった。したがって、原告会社は被告に対し、これらの合計額である一四九万七二二〇円を求償し得る。
(2) 右(1)の金員のうち、被告が精算したのは、三九〇万〇一六七円のみである。なお、被告は、原告会社の再三の請求にもかかわらず、各仮払金ごとの精算を怠り、数週間ないし数か月間分の領収書をまとめて提出して精算を要求していたので、どの仮払金に対する精算であるか原告会社としては具体的に特定することができない。
(3) よって、原告会社は被告に対し、右(1)の合計額九四二万一二二三円から右(2)の精算済みの額を差し引いた未精算金五五二万一〇五六円及びこれに対する平成八年五月一〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告の主張
(1) 右(一)(1)アないしウ記載の金員は、被告が原告会社の代表取締役としての活動について、研究等の活動費や交通費等として支出したものであって、被告個人として負担すべき性質のものではない。原告会社の仮払金返還請求は、単に原告会社の会計処理上の不適切さを糊塗し、その負担を被告に押し付けようとする不当な意図に基づくものである。
(2) 同エ記載の仮払金に関しては、平成二年一一月末ころ、被告の役員報酬が減額された際に、原告会社と被告の間で、被告の居住する家屋について、その翌年からは原告会社が被告に代わって社宅として借り上げ、その賃料は原告会社が負担すると合意が成立していたにもかかわらず、原告会社が直ちにこれを実行しなかったため、平成三年六月まで被告が賃料支払を強いられていたのであって、被告は原告会社に対し、原告会社が主張する仮払金以上の立替金債権を有しているから、原告会社の主張する賃料は被告が負担すべきものではない。特に、原告会社主張のうち更新料については、賃貸借契約上の借主である原告会社が負担すべきなのは当然であって、これを被告に請求する権利や理由は存在しない。
(3) 被告にとっては、実際に原告会社がどのような会計処理を行い、その内容が事実に適合するものであるかは不明であり、原告会社がどのように説明しても、その真実性を担保するものは存在しない。さらに、原告会社主張の仮払金のうち少なくとも一部については、被告はその精算を完了していたものであり、原告会社がどのような処理を行ったのか分からない数字を持ち出しての本件請求に応ずる必要はない。
3 本件覚書に基づく被告の本件開発費の支払義務の有無
(一) 原告会社の主張
(1) 原告会社と被告は、SIM-200の開発に関連する費用につき、本件覚書を締結して、平成七年一一月三〇日支払分から以後発生するものについてはすべて被告が負担すること、右時点での原告会社名義の発注残につき原告会社が請求を受けたときは、原告会社がいったん立て替えて支払い、その後被告がこれを原告会社に支払うことを約した。
(2) 原告会社は、本件手形に係る手形金をすべてその満期に支払った。
(3) 本件手形の支払日はいずれも平成七年一一月三〇日以降であるから、本件開発費は、本件覚書により被告が負担すべきものであって、原告会社が被告のために立替払をしたものである。
(4) よって、原告会社は被告に対し、本件開発費並びにそのうち平成七年一二月末日満期の約束手形に係る一二〇万二九四八円に対する同九年一一月一日(同年一〇月三一日付け訴え変更申立書の送達の日の翌日)から、同八年一月末日満期の約束手形に係る二七四〇万六九七四円及び同年二月末日満期の約束手形に係る三六九二万九一二一円に対する同八年五月一〇日(訴状送達の日の翌日)から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告の主張
本件開発費を負担するというのであれば、被告としては、SIM-200の試作機を原告会社から引き取らず、新たに開発に着手した方が経済的にも安く済んだのであるから、被告が右費用を負担することを原告会社に約するはずがない。
本件覚書は、平成七年一一月三〇日を基準に、それ以前に原告会社が支払った経費は原告会社が負担し、それ以降に請求を受けて支払う経費は被告が負担するという合意を文書化したものであり、約束手形の振出も「支払」に含まれるから、本件覚書の文言上、右期日以前に原告会社が振り出した本件手形の手形金を原告会社が負担すべきことは明らかである。
第三 争点に対する判断
一 証拠(以下個別に摘示するもののほか、甲二七三、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 本件登録商標は、原告会社がその商品に使用するために商標登録出願されたものであるが、昭和五〇年九月五日の出願の時点では原告会社の設立登記がされておらず、原告会社を商標登録出願人とすることができなかったため、発起人であった被告の名義で出願された。原告会社は、設立後現在に至るまで、本件登録商標を原告会社の商品に付し、これを付した商品を販売しており、また、商品に関する広告等にこれを付して頒布している。他方、被告は、被告個人としてその商品に本件登録商標を付したり、これを付した商品を販売したりしたことはない。なお、原告会社の商標のうち会社設立後に商標登録出願されたものは、原告会社が出願人となっている。(甲一ないし八、三一ないし三四、四五ないし五二、八七)
2 原告会社は、その設立後、技術者でもある被告が代表取締役として経営に当たり、超高速射出成型機の分野において技術的には高い評価を得ていたものの、昭和六〇年ころから経営が悪化し始めたことから、同六二年ころに、機械関連の商社業務等を営む千代田総業グループ(代表・鈴木一郎)から、支援を受けるとともに役員を迎え入れた。ところが、原告会社は、その後も業績が回復しなかったため、平成二年九月ころ、取引先である日邦産業株式会社から援助を受けることとした。(甲一、六三ないし六六、七三、七五、八七、一〇九、被告本人)
3 平成三年当時、被告は、原告会社から借入れがあったほか、仮払金として受領した現金につき精算を怠ったり、私的な遊興や飲食の費用を原告会社に負担させたりしたことにより、原告会社に対し多額の債務を負っていた。原告会社と被告は、被告が有する特許権(特許番号第一二九二九四〇号)を原告会社に譲渡してその代金と右債務とを相殺して処理することに合意し、これに基づいて被告の特許権が原告会社に譲渡された。この相殺に関しては、平成三年七月三日付けで「特許権譲渡に伴う小嶋社長に対する債権・債務の相殺処理」と題する書面が作成されており、これには、特許権の譲渡代金が一億六〇〇〇万円であること、原告会社の被告に対する債権の額が合計一億六六一〇万七九〇四円であること、その中には、仮払金(当期発生分)六一万三七一九円及び未収入金三七五七万五五九八円が含まれていること、差引未収金残高が六一〇万七九〇四円であることが記載され、その記載内容に相違がない旨の被告の署名押印がある。原告会社は、右書面上被告の支払義務として残っていた未収金につき、本件の訴状により被告に対しその支払を求めていたが、平成九年九月一二日付け訴えの一部取下書により、この部分の請求を取り下げた。(甲九八ないし一〇〇、一二九)
4 右の相殺処理の後も、被告は、原告会社から受領した仮払金の精算を怠ったり、私的に費消した飲食費・ゴルフ代金等を原告会社に支払わせることを、繰り返した。その結果、原告会社は被告に対し、左記(一)ないし(六)のとおり、未精算の仮払金の返還請求権及び被告に代わって弁済した金員の求償権として、合計五五二万一〇五六円の債権を有している。(甲一一五の1、一一六ないし一一九、一二〇及び一二一の各1、2、一二三、一二四、一三〇ないし一五八、一五九及び一六〇の各1、2、一六一ないし一六三、一六四及び一六五の各1、2、一六六ないし一七一、一七二ないし一七四の各1、2、一七五ないし一七八、一七九及び一八〇の各1、2、一八一ないし二五七)
(一) 被告は、出張や取引先との会食等のために必要であるとして、再三にわたり、原告会社の経理担当者から仮払金として現金を受領していた。別紙二「仮払金一覧表」の番号11ないし16、17のうち四月二六日及び同月二九日分、18、28、29、37、45ないし70、74、75、77ないし79、81ないし111、117、128ないし130の「仮払金額」欄記載の金員(合計五五一万六八五〇円)は、平成四年八月から同七年五月までの間に、被告が右のような形で原告会社から受領した仮払金である。
(二) 被告は、原告会社の業務に関する経費の支払に使用するために、原告会社が信販会社から発行を受けた原告会社名義のクレジットカードを所持しでいたが、平成五年四月ころから、右クレジットカードを私的な飲食やゴルフ等の代金の支払に使用するようになり、このことは、原告会社が公認会計士の助言にしたがって右クレジットカードを解約した同年八月まで続いた。このようにして被告が右クレジットカードを使用した内訳は、別紙二「仮払金一覧表」の番号17のうち四月五日及び同月一二日分、19ないし27、30ないし36、38ないし44記載のとおりであり、原告会社は、その合計額九八万四三三九円を信販会社に支払った。なお、原告会社においては、会計処理の便宜上、公認会計士に相談した上で、右金員について「立替金」等の勘定項目を設けることなく、「仮払金」として取り扱った。
(三) 被告は、寿司店やスナックなどで私的な飲食をした際の料金につき、これを後払(つけ)にしてその請求書を原告会社宛てに送付させた。そのため原告会社はその支払をせざるを得なくなり、平成七年六月及び七月に、別紙二「仮払金一覧表」の番号112ないし116、118記載のとおり、合計一四二万二八一四円を、被告に代わって各飲食店に支払った。原告会社は、右(二)の金員と同様に、これを仮払金として会計上の処理をした。
(四) 被告は、大門建設株式会社から賃借したマンションに居住していたが、その賃料は、原告会社が賃貸人に支払っており、その分が被告に対する役員報酬から控除されていた。平成三年七月ころ、原告会社と被告は、被告の役員報酬を減額するのに伴って、被告の賃料負担を軽くするために、原告会社の社宅とすることによって税法上有利な取扱いを受けることを協議し、同年九月一日をもって原告会社が賃借人となること、右期日以降に弁済期が到来する賃料については、原告会社が大門建設に支払う額の三五パーセントに相当する月額八万二六七〇円を、被告が原告会社に支払うことを約した。したがって、同年八月三一日までに大門建設に支払うべき金員は従前どおり被告が負担すべきものであったが、右協議の際に被告が原告会社に対してこれを役員報酬から控除しないよう求めたことから、原告会社は、別紙二「仮払金一覧表」の番号1ないし3記載のとおり、大門建設に対し賃料及び更新料として合計九一万八五三〇円を支払い、これを被告に対する貸付金として扱った。さらに、同年九月以降の支払分のうち被告が負担すべき金員についても、右一覧表の番号4ないし10記載のとおり、被告は七か月分(合計五七万八六九〇円)を原告会社に支払わなかった。その結果、原告会社は被告に対し、これらを合わせた一四九万七二二〇円の債権を有することになったが、原告会社は、公認会計士の助言を受けて、会計処理上は仮払金として計上した。
(五) 被告は、右(一)の仮払金のうち、実際に原告会社のための経費として支出した分については、原告会社の経理担当者に領収書を提出するなどして、右一覧表の番号11ないし16、17(四月二六日及び同月二九日分)、18、28、29、37、45記載のとおり、平成五年八月三一日までに、合計一一二万七三二二円(右一覧表の「仮払金額」欄記載の金額から「未清算金残額」欄記載の金額を差し引いた額)につき、その精算を済ませた。ところが、それ以外の部分については、これを原告会社の業務に関して支出した旨を示して精算することも、残金を原告会社に返還することもなかったため、原告会社の会計処理上仮払金のまま残された。また、平成六年三月から同七年六月までの間に、右一覧表の番号71ないし73、76、80、119ないし127記載のとおり、仮払金を返済し又は相殺するなどして、合計二七七万二八四五円を精算した。右のとおり、被告は、右(一)ないし(四)の金員につき合わせて三九〇万〇一六七円を精算したが、右精算に当たり、被告は、各支出の都度速やかに領収書等を添付して精算するようなことはなく、原告会社の経理担当者の催促に応じて数週間ないし数か月分の領収書等をまとめて提出し、被告自身もその具体的な使途を特定できないということが常態であったので、原告会社の会計処理においては、適宜期間を区切って包括的に精算するという形となっていた。
(六) 以上のとおり、原告会社は被告に対し、右(一)ないし(四)の合計額である九四二万一二二三円につき債権を有していたところ、このうち三九〇万〇一六七円については右(五)のとおり精算が済んでいるので、これを差し引いた五五二万一〇五六円が精算未了となっている。
5 原告会社が日邦産業の援助を受けるようになってからも、被告は、代表取締役として原告会社の経営に当たっていたが、依然として赤字が解消されなかったため、平成五年一一月ころには日邦産業から原告会社に取締役が派遣された。そして、右4記載の仮払金について、公認会計士から改善に関する意見書が提出されたり、原告会社の経理担当者から再三にわたり速やかに精算するよう求められたり、原告会社の役員会で採り上げられたりしていたにもかかわらず、その後もこの問題が解決されなかったことや、SIM-200の開発方針をめぐって原告会社及び日邦産業と被告との間の対立が深まったことから、平成七年一一月二七日ころに開かれた原告会社の取締役会で被告を代表取締役から解任することが議題となり、結局被告は代表取締役を辞任した。(甲一二三、一二四、二七四、二七六、被告本人)
6 被告は、右辞任に至るまで、原告会社におけるSIM-200の開発部門を主導しており、平成七年一二月四日にその完成発表会を行うことを計画していた。ところが、被告が原告会社の代表取締役を辞任することとなったため、原告会社と被告は、その開発作業の継続やこれに関する費用負担について話し合い、原告会社は以後SIM-200の開発を行わず、被告が新会社を設立してこれを継続していくこと、右開発に関する費用は、既に原告会社が支払った分は原告会社の、それ以降の分は被告の、各負担とすることを約し、同年一一月二九日に本件覚書を締結した。原告会社は、別紙三「約束手形一覧表」記載のとおり、同年八月から一〇月までの間に、SIM-200の開発費用を含む材料の購入代金等の支払のために本件手形を振り出しており、各満期日にその支払を完了したので、本件覚書に基づいて、手形金額のうちSIM-200の開発費用に相当する六五五三万九〇四三円(同年一二月末日満期分の一二〇万二九四八円、平成八年一月末日満期分の二七四〇万六九七四円及び同年二月末日満期分の三六九二万九一二一円の合計額)を支払うよう被告に請求したが、被告はこれに応じなかった。(甲二五八、二七二、二七五ないし二七七)
7 被告は、原告の代表取締役を辞任した後、新会社として「株式会社テクノプラス・アールアンドディー」を設立して代表取締役となり、原告会社から引き継いだSIM-200の試作機を用いるなどしてその開発を続けた。右新会社は、平成八年三月に新製品の発表会を開催し、そのころSIM-200の製造販売を始めた。(甲七九ないし八二、八七)
二 争点1(商標権移転登録請求)について
1 前記第二、一2の争いのない事実及び右一1で認定した事実によれば、本件商標権が被告を商標権者として登録されているのは、その出願当時、原告会社が設立手続中で法人格を取得していなかったため原告会社を出願人とすることができなかったことから、商標登録出願手続を進めるに当たっての便宜上、被告を出願人としたことの結果であるにすぎないものと認められ、これに本件商標権の登録に係る費用の負担やその使用の状況を総合すれば、本件商標権は、その出願に当たり、被告において設立後の原告会社にこれを帰属させる趣旨で商標登録出願することを了解していたものであり、原告会社の設立後においても、被告と原告会社との間では、本件商標権の実質的な権利主体は原告会社であるとの共通の認識を有していたと認めることができる。そうすると、被告は原告会社に対し、原告会社のために被告の名をもって取得した本件商標権を原告会社に移転する義務を負っているものと解するのが相当である。
2 この点につき、被告は、前記第二、二1(二)のとおり、本件商標権は実質的にも被告に帰属するものであり、原告会社は被告からこれを無償で使用することを許諾されていたにすぎないなどと主張するが、右1で判示したところに照らし、被告の右主張は採用できない。
3 したがって、原告会社の商標権移転登録請求は理由がある。
三 争点2(仮払金返還請求)について
1 前記一4で認定したとおり、原告会社は被告に対し、未精算の仮払金についての返還請求権や、被告に代わって支払った金員に係る求償権として、合計五五二万一〇五六円の債権を有していると認められる。
2 この点につき、被告は、前記第二、二2(二)のとおり、これらは原告会社の活動に費やした経費であり被告個人として負担すべき性質のものではない、賃料及び更新料については原告会社が負担するとの合意が成立していた、原告会社による会計処理の内容が不明であり、その請求には応じられないと主張している。
しかしながら、まず、証拠(甲一五九、一六〇、一六四、一六五及び一七二の各2、一七三の2、3、一七四、一七九及び一八〇の各2、二四一ないし二四三)によれば、原告会社は、被告により原告会社名義のクレジットカードが使用されたり、飲食店から請求を受けた金員のうち、交際費その他原告会社の経費に該当すると判断した金員については、仮払金から除外して被告に請求していると認められる。
また、被告は、平成三年の時点で未清算の仮払金があることを認め、これを被告が有していた特許権の譲渡代金と相殺処理していること(前記一3)、被告は、原告会社の決算作業を補助した公認会計士から、被告住居の賃料等(別紙二「仮払金一覧表」の番号1ないし10記載の金員)を含めた金額の仮払金が精算されておらず、今後も仮払金については被告の責任において精算しないと残高が累積することになるので善処を求める旨の書面を受け取っていたこと(甲一二三、一二四)、被告は、原告会社の代表取締役として、未精算の仮払金が平成六年八月三一日現在で五三一万八一一四円、同七年八月三一日現在で五五二万一〇五六円であるとの内容を含む確定申告書を作成し、税務署に提出していること(甲一二〇及び一二一の各1、2)に照らすと、被告は、原告会社から仮払金として受領し、又はクレジットカードを利用するなどして原告会社に弁済をさせた金員については、領収書等を添付して速やかに精算しなければならないことを十分に認識していたものと認められるから、被告が原告会社に対して原告会社の経費である旨を示すことができなかった部分が、原告会社の会計処理上被告に対する仮払金として残っているものと認めることができる。
さらに、被告の住居の賃料及び更新料は、従来被告が負担していたものであるし、前記一4(四)で認定したところによれば、原告会社は、社宅とすることにより税法上有利な取扱いを受けられる範囲内で役員報酬の減額に伴う被告の負担を軽減しようと意図したものであると認められるから、被告の役員報酬を減額しながら他方で原告会社が右賃料等をすべて負担するというのでは、右認定の原告会社の意図と矛盾することになる。
加えて、被告がその主張を裏付ける客観的証拠を何ら提出していないことをも併せ考えると、被告の主張は、いずれも採用できない。
3 以上によれば、原告会社の仮払金返還請求は、理由がある。
四 争点3(手形金請求)について
1 前記一6で認定した事実及び前記第二、一4の争いのない事実によれば、原告会社と被告は、本件覚書により、平成七年一一月三〇日以降に原告会社が支払ったSIM-200の開発費は被告が負担する旨を合意しており、本件開発費は、右期日以降に原告会社がSIM-200の開発費としてその弁済をしたものであると認められるから、原告会社は被告に対しその支払を求めることができるというべきである。
2 この点につき、被告は、前記第二、二3(二)のとおり、本件手形は平成七年一一月三〇日より前に振り出されたものであるから、手形金請求に係る金員を原告会社が負担すべきことは本件覚書の文言上明らかであると主張し、本人尋問においてこれに沿う供述をしている。
そこで検討すると、本件覚書の第2条は、「開発費の支払い」と題し、原告会社を「甲」、被告を「乙」として、
「1) SIM-200の開発に関わる費用については、平成7年11月30日支払い分から以後発生するものについては、全て乙が負担するものとする。
2) 但し、平成7年11月30日時点での発注残は、甲の名義において履行されている為、これに対する請求は、甲が受ける場合があるが、その時は全て一旦甲において立替支払いを行い、翌10日(10日が休日の場合は翌日)に乙より甲の取引銀行口座 城南信用金庫当座預金 187831へ振り込み支払するものとする。」
と規定している(甲二五八)。
ところで、平成七年一一月三〇日以降は被告ないし被告が設立した新会社がSIM-200の開発作業を行うのであるから、右期日以降における材料等の購入や契約等に基づいて発生する債務が被告ないし新会社の負担となることは、規定を待つまでもなく当然のことであって、本件覚書の右条項は、同月二九日までに原告会社の名において材料を購入するなどして支払義務が発生していた債務を、原告会社と被告がどのように分担するかについて定めたものと解される。そうすると、右1)項は、その「支払い分」という文言からして、債務の弁済期が平成七年一一月三〇日より前かそれ以後であるかによって、原告会社と被告のいずれが負担するかを定めたものであり、右期日以降に支払う分は被告が負担する旨を原告会社と被告は合意していたものと認めるのが相当である。すなわち、同月二九日までに支払義務が発生していたが未だ弁済期が到来していない債務については、被告が負担すべきものであるが、債権者との関係では原告会社が依然として債務者として支払義務を負っているので、債権者に対する弁済を原告会社が行ったときはこれを被告に求償できることになるのであり、この点を定めたのが右2)項であるということができる。
そして、支払のために約束手形が振り出された場合においては、手形債務は振出行為によって発生するが、右債務は満期を弁済期としてその支払がされるものであって、振出がされただけでは債務の弁済が完了したとは解し得ないのであるから、平成七年一一月三〇日以降を満期とする本件手形に係る本件開発費は、本件覚書の第2条1)項により、被告が負担すべきものということができる。
さらに、前記第二、一4の争いのない事実並びに前記一6及び7で認定した事実によれば、被告は、原告会社の費用負担により製作された試作機を原告会社から譲り受けてSIM-200の開発を続けることとなったのであり、その製造販売による利益は被告ないし被告が設立する新会社にすべて帰属することになること、被告は、原告会社の代表取締役でありかつSIM-200の開発を主導していた者として、支払のために約束手形が振り出された分を含め、本件覚書作成の時点におけるSIM-200の開発に係る債務の状況を熟知していたこと、SIM-200については、平成七年一二月にその発表会が計画され、また、同八年三月には実際に発表会が開催されており、本件覚書作成の時点では完成に近い状況にあったことを、認めることができるのであって、これらの点に照らせば、被告において、本件開発費を負担するよりも、原告会社からSIM-200の試作機を譲り受けずに新たに開発に着手した方が経済的に安く済んだとは、認め難い。
これらの事情を総合すると、本件開発費については、本件覚書の文言からも、合意の前後における原告会社と被告との間の状況に照らしても、被告がこれを負担すべきものと合意されていたものと認めるのが相当である。
本人尋問における被告の供述のうち右認定に反する部分は採用できず、被告の右主張を認めることはできない。
3 以上によれば、原告会社の手形金請求は理由がある。
五 よって、主文のとおり判決する(なお、主文第一項及び第三項に係る仮執行宣言の申立てについては、相当でないので、これを付さないこととする。)。
(口頭弁論の終結の日 平成一〇年一二月一七日)
(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 長谷川浩二 裁判官 中吉徹郎)
(別紙一)
商標権目録
(一) 商標登録番号 第一三四二一六三号
商品の区分 第一一類(平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令の別表によるもの)
指定商品 電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く)電気材料
出願年月日 昭和五〇年九月五日
登録年月日 昭和五三年八月二五日
存続期間更新登録年月日 昭和六三年一二月二一日
登録商標の構成
<省略>
(二) 商標登録番号 第一三四二一六四号
商品の区分 第一一類(平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令の別表によるもの)
指定商品 電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く)電気材料
出願年月日 昭和五〇年九月五日
登録年月日 昭和五三年八月二五日
存続期間更新登録年月日 昭和六三年一二月二一日
登録商標の構成
<省略>
(三) 商標登録番号 第一三五一九四〇号
商品の区分 第九類(平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令の別表によるもの)
指定商品 産業機械器具、動力機械器具(電動機を除く)風水力機械器具、事務用機械器具(電子応用機械器具に属するものを除く)その他の機械器具で他の類に属しないもの、これらの部品及び附属品(他の類に属するものを除く)機械要素
出願年月日 昭和五〇年九月五日
登録年月日 昭和五三年一〇月三一日
存続期間更新登録年月日 昭和六三年一二月二一日
登録商標の構成
<省略>
(四) 商標登録番号 第一三五一九四一号
商品の区分 第九類(平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令の別表によるもの)
指定商品 産業機械器具、動力機械器具(電動機を除く)風水力機械器具、事務用機械器具(電子応用機械器具に属するものを除く)その他の機械器具で他の類に属しないもの、これらの部品及び附属品(他の類に属するものを除く)機械要素
出願年月日 昭和五〇年九月五日
登録年月日 昭和五三年一〇月三一日
存続期間更新登録年月日 昭和六三年一二月二一日
登録商標の構成
<省略>
(別紙二)
仮払金一覧表
<省略>
<省略>
<省略>
(別紙三)
約束手形一覧表
<省略>
<省略>